―Kiss×Kiss―



好きの気持ちは加速方向。 

大好きの気持ちは増加方向。 

 ほらね。
 
 ほらほら、いつだって好き好き。 


 貴方が今一番、大好きだよ。 



+++++ 



 チャンスだと思った。
 
 この状態は自分にとって、とてもチャンスではないのかと思った。

目の前には自分の大好きなお姫様がソファで転寝をしている。

長椅子に身体を横たえ、胸の前で手を組んでいるその様子はまさに、『眠り姫』。 



 これはさりげなくチャンスだと思った。 

 本当に神様から与えられたものだと思ってみた。 

 普段は祈らない神様にちょこっとだけ都合のいい感謝をしてみた。 



「……れヴぃしゃん……」 


 ごくっと唾を飲む。 

 耳に到達した音が嫌に大きく聞こえた。

口と耳は器官が繋がっているのだから振動度が高かったのかもしれない。

でもやや遠い場所にある心臓の音までもが普段よりも大きく聞こえるのは何故なのだろう。 

 ぎゅぅっと胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。 


 すぅすぅ。 


 相手の寝息に重なるようにして、僕の呼吸が興奮しているような気がした。 


 足を一歩差し出す。 

 それから膝をくっと折って身体を支えた。

ソファの高さよりもまだ自分の方が高いので楽に相手を見下ろせる。

更に近くなった顔。

自分好みだと思う顔立ちは、ほんの少しだけ疲れたかのように肌が荒れていた。

そういえば昨日まで仕事のラッシュだったとメールで返されたっけ。 

僅かに申し訳ない気持ちが浮いたけれど、それでも此処に来たかったのは本当。 



「疲れてーのねー」 



自分の恋の相手は社会人で、一人前で、仕事もきちんとこなして……。 

まだまだ追いつけない自分の未熟さを感じてしまうことは、醜い。

彼だって今の自分のように子供だった時期があるはずだ。

その子供時代があまり善くないものだっていうことも知っている。

出来るだけ大人にならなきゃいけなかったのも知ってる。

だから大人より力がないと嘆いていた時代があったはずだ。 

 でもそれは過去。 

 今は彼は大人で、僕は子供。 


「早く大人になりたー……なぁー……」 


 くっと顔を持ち上げて息が触れる距離まで寄せる。 

 手も足も身体全体も追いつけない。

まだまだ未熟。
それでも心の中では彼を真剣に思う。

必死に追いつこうと頑張っている。 

 愛してるの意味も、多分僕は知っているのに。 



「ん……」 


 それでも幼いままの唇は彼を食らうには、拙い動きしか出来ない。 



+++++ 



 ぽてぽてぽて。 

 僕はいつものように彼に会いたいと思ったから、やってきた。

出かける前に相手にメールをして、もちろん返事を貰ってから家を出た。

いつもの道のりをぽってけぽってけ。

彼の家までは電車を使うから、ちゃんと切符も買って乗り換えもきちんと行う。 


 顔見知りの駅員さんが、「今日は何処に行くんだい?」と声を掛けてくれたから、

「大好きな人のところー!」と答えた。 

 彼はきっと可愛い女の子でも想像しているのかもしれない。

頻繁に出かける僕を可愛い子供だとでも思って見守ってくれているのかもしれない。

真実はきっと伝えることはないけれど、

それでもいつも駅員さんは「いっておいで」と僕に手を振ってくれていた。 


 逢えない時間がもったいない。 

 なんせ自分の恋の相手は社会人で自立してて、きちんと一人前の仕事をしている。

しかもサラリーマンではなく、イラストレーター。

自由気ままという印象が強いけれど、実際問題彼は中々仕事の詰まっている人気者。

ほんわかした画風が世間から認められているらしい。 



 そんな評価にちょこっとだけ優越。
 
 でもちょこっとだけ不満な僕の心。 



 駅をぼんやり見渡せば、彼の絵が見えた。 


 ピーンポーンっとチャイムを鳴らすのはもう慣れたもの。
 
 しかしマンションのチャイムってどうしてあんなに高いところにあるんだろう。

凄く、不満。背の小さい僕は足先をぷるぷるっと伸ばしてやっと手が届くんだ。

ああ、凄くむかむか。 

 でも中からは返事が来なかった。僕はちゃんと「行くよー」、と言った。

「れヴぃしゃんに会いに行く」と伝えた。

なのに中には誰かが動いている気配がない。 

 仕方なくカバンの中から取り出したのは、鍵だった。 


 それは合鍵。 

 以前彼から受け取った大事なもの。

心の鍵のようにふわふわとしたものじゃなくて、正真正銘このマンションの鍵。

それを穴に差し込んでぐるっと回す。

ほんの少し引っかかった感じがしたけれど、それでもがしゃりと音を立てて扉の開いた音が聞こえた。

そういえば彼も鍵を開閉する時に鍵を引っ掛けていたのを思い出す。 

同時にそろそろ古いのかもしれないと言っていたのも思い出した。 


 そんなことを今僕が気にしても仕方ないので、そのまま中に足を踏み入れる。 

 綺麗に整えられた玄関を見ると、消臭剤がぽんっと置かれていた。

変なところで生活感があるなーと苦笑が零れる。
 
 ぽってけぽってけ。 

 中に足を踏み入れてそのまま彼の自室に入る。

リビングに向かうよりも近い部屋。その中には恋人の姿はなかった。 



「れヴぃしゃんー?」 



 此処でやっと僕は声を出す。 

 チャイムが聞こえない状態を想定しながら歩く。

例えば作業に集中している、例えばテレビやステレオの音量が大きかったので聞こえなかった、


例えば……倒れてる? 

 
其処まで考えて一瞬身震いが起こる。 

 人が何かを考える時に、出来るだけ最悪のことを考えるのは自身の身を守っているからだそうだ。

楽観的であればあるほど生存率が低い話はカインから聞いた。 



「れー、ヴぃー、いーしゃーん!」 



 呂律の周りが良くない僕の舌。 

 それでも懸命に相手の名前を呼んだ。しかしそれはすぐに自分の手によって閉じ込められた。 



「……寝てるー?」 



 すぅすぅ……と寝息を立てて、胸の前に手を置いてソファで眠るお姫様。 

 童話みたいに綺麗なシチュエーションではないけれど、お姫様自身が美人だからドキドキは加速。

持ってきたリュックサックを床に音を立てないように気を使いながら下ろし、そのまま彼の前に足を運んだ。 



 瞼を下ろしていると睫が長いように見える。 

 普段は見下げられている自分が彼を見下ろす様子に新鮮味を感じられて、

思わずへにゃん……っと力の抜けた間抜けな表情を晒す。

そして彼の唇がふるっと震えた様子が、僕のお腹をぞくりと擽った。

半開きといったら間抜けだと思う。

でも僅かに開いたその隙間にごくっと唾を飲んだ。 



 これはチャンスなのかと、思った。
 
 誰にも邪魔されることなく、彼を奪えるチャンス。

それこそ本人自体が眠っているのだから、抵抗すらされないことが予想出来る。

ざわりざわりと心の中が興奮していくのが分かった。

性的エネルギーだけが加速するのは情けないことなのだけど、カインが言うにはそれは別に変でもなんでもないらしい。 



 大好きだなーと思う。 

 でも彼は僕を拒否する。
 
 やんわりと、好き以上を拒否する。 



 愛を、怯えているのは、どうして? 



+++++ 



 何度もキスしてきた。 

 今まで数え切れないほどキスしてきた。 


「ん……んぅ、っちゅ……っぷ」 


 初めてのキスは押し付けだった。 

 唇をくっ付けるだけの可愛いキス。

自分はそれが精一杯だったのを覚えている。

水に濡れ、呆然と意識を飛ばしかけていた彼にいくつも重ねたキスキスキス。

覚えてる。それすらも、懐かしい過去の一コマ。 



 家族……特ににーがカインとキスするのをたまにみた。
 
 舌を絡ませ、腕を首に回して強請るキス。

最初そのキスが汚いなんて思っていたこともある。

だって、唾液だよ? 唾だよ? それを絡ませあって何が楽しいのか分からなかった。 

 でもそれを本人達に言ったら、くすくす笑われた。同時に彼らは言った。『舌で上顎を舐めてごらん』と。 



 言われた通り、小さな舌先で僕は上顎を舐めた。
 

 ちろり、ちろちろ。


今でもその言葉が耳の奥で聞こえる。

二人が教えてくれたその快楽の手前を覚えてる。 

 舐めた舌先が齎したのは、興味だった。くすぐったくて、でも心地よい。

それを相手と絡めあうことによって相乗効果を齎すのだと言われた瞬間、僕は彼にしたくなった。 



「は……ふぅ、ん……っちゅ、ぅう」 

「ん……んぅ」 

「れヴぃ、しゃ……ん」 


 舐めるキス。 

 絡めるキス。 

 欲するキス。 



 眠っている貴方のキスを送る。 

 それは一瞬、昔の罪を思い出して涙が出そうになった。

でもそれを振り切るためにキスを続けた。

思い出して、ほんのり辛くなる過去の恋。

実の兄へのあの感情はそれでも静かに心の奥に沈んだままだった。 



「は……んぅううっ……こ、こうか……な?」 

「……ん、んん」 


 弛緩したままの舌先を絡めて唾液をすする。 

 汚いなんて感情はわかなかった。

むしろもっともっと欲しくなって、食らいたくなって……喉が鳴る。欲情する。
 
 眠っている相手はまだ起きないのか、それでも息だけはあがっていた。 



「みみ、よわーって……」 



 顔をずらして耳をぺろり。 

 それは以前花音に聞いたことだった。レヴィは耳が弱いから舐めてみると良いよー、と。

ぺろり、ぺろぺろ。それすらも汚いことだなんて思わなかった。

むしろ汗の味……塩のような味がほっとする。獣のように穴に舌を差し込んで丹念に舐めた。

べたべたになっていく肌。一度拭いて、でももう一度舐める。 



「ッ……ぅ、う」 

「……きもちいー?」 

「は……ふ」 



 問いに答えるように震える唇からは淡い息。 

 まだ起きないの? まだ起きてくれないの? それとも今更起きられないのかな?

 ひくんっと跳ねる肌が凄く可愛いだなんて思ってしまう。

普段は抱き込まれておしまいの身体を押し倒している気分。優越感。達成感。

どちらも違うけれど、混ざったような感覚が襲ってくる。 



「あまぁ……」 



 本当は唾液や汗にそんな味などない。 

 なのに薄い水色の肌が赤みを帯びていくのを見て、自分は異常に興奮していることに気が付いた。 



「っ……!」 

「みぃ!?」 

「っ……ぅ、ぅ」 



 急に身体を起こされて僕は慌てて身体を後退させる。
 
 頭がぶつかりそうになったのを寸前で回避すると、

その反動で思わず床に尻をべたり。

情けなく腰をぶつけてしまって、痛みに顔をしかめる。

しかしれヴぃしゃんはそれどころじゃないようで、しきりに耳を手で擦っていた。
 
 顔をさっきの火照りなんかよりも真っ赤にして、ごしごしごし。 



 僕はぷぅっと頬を膨らませる。 

 こういうのはなんていうんだったろうか。なんていう行動だったろうか。 



 眠り姫はキスによって目覚める説は、どうやら本当らしい。 

 でも冷静に考えれば、色々されていれば起きない方が危険なのだとも分かった気がした。
 
 やっと落ち着いたのか、相手が僕を見る。僕は彼を見た。

その瞬間、ぽんっと浮いた言葉に疑問が一気に解消させる。

にこっと笑顔を見せると、彼は一瞬引いた。 



 キスキスキス。 

 耳にキスの嵐。
 
 言うならそれは。 



「あいぶー?」 

「ッ……ぶ!!」 



 言葉に出したのはどこぞの変態色欲魔の教えてくれた言葉。
 
 ひらがな言葉だったけれど、相手にはばっちり伝わったらしい。

むしろ自分が思っていた以上の反応に大満足。

唾が喉に引っかかってしまったのかしきりに咳き込む相手の背中をぽんぽん撫でてやる。 

 どうしたの? なんてわざとらしく尋ねると、苦しかったのか涙目になった瞳が自分を睨んだ。 



 キスキスキス。 

 大好きの嵐。 



「おはよー、れヴぃしゃんー!」 



 寝ている貴方。 

 起こすためにするキスは僕だけの特権。 







…Fin... 





「Suicide」の蒼様から1069000キリバンということで頂きました。
悶え死にそうです、こ、この切なく甘いラブロマンス…
自分のリクエスト「白×水でまだ白は幼少の頃で眠り姫と性欲魔人の影響で水にちょっとhな悪戯を…」という
意味不なものに答えていただき感謝です。


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